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東京地方裁判所 昭和63年(人)6号 決定

請求者兼被拘束者 益永利明

拘束者 東京拘置所長

代理人 山口晴夫 古谷和彦 ほか三名

主文

一  本件請求を棄却する。

二  本件手続費用は、請求者の負担とする。

理由

一  請求の趣旨及び理由

別紙「人身保護請求」と題する書面記載のとおり

二  当裁判所の判断

1  本件申請は、死刑確定者として東京拘置所に拘置されている請求者兼被拘束者(以下「被拘束者」という。)が、再審請求の準備を進めるに当たり選任した弁護人との接見について、拘束者が右接見の時間を三〇分以内と制限し、また、右接見に拘置所の職員を立ち会わせていることが、人身保護法上の違法な拘束に当たるとして、右接見時間の制限と職員の立会いの禁止とを求めるものである。

ところで、人身保護法にいう「拘束」とは、必ずしも身体を全面的に拘束されている場合を意味するものではなく、適法に拘禁されている者であつても、違法に接見が制限されるなど違法に身体の自由が制限される場合には、なおその部分に限り、人身保護請求の対象になるものと解せられる。

2  そこで本件について検討するに、一件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  被拘束者は、昭和四九年八月三〇日の三菱重工爆破などのいわゆる連続企業爆破事件の被疑者として昭和五〇年五月一九日に逮捕され、その後爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂等の罪名で起訴され、昭和六二年四月二一日死刑判決が確定した者であつて、現在まで右死刑判決の確定者として東京拘置所に収容されている。被拘束者は、昭和六三年九月一日付けにて東京地方裁判所刑事第五部に対し、舟木友比古弁護士(以下「舟木弁護士」という。)及び新美隆弁護士(以下「新美弁護士」という。)らを弁護人として、右確定判決の再審請求をした。

(二)(1)  拘束者は、死刑判決の確定後である昭和六二年一〇月三日、被拘束者が再審請求の打合せを理由として同日の舟木弁護士との接見時間を一時間に延長してほしい旨願い出たため、同接見については四五分まで延長して実施することを許可し、また、同月八日には、被拘束者が更に同日の同弁護士との接見について再審請求の打合せを理由として接見時間を一時間に延長してほしい旨願い出たため、同接見についても四五分まで延長して実施することを許可した。

(2) 右同日、被拘束者は更に、舟木弁護士との一〇月中の接見は残り三回の予定であり、この三回についても接見時間を延長してほしい旨を願い出たが、拘束者は、先に時間延長を許可した二回の接見の中で被拘束者が再審に関する以外の会話をしていた事実があつたことから、延長の必要性は認められないと判断し、これを不許可とした。

(3) その後、被拘束者は、拘束者に対し、数回にわたり、右と同旨の接見時間の延長を願い出たが、拘束者は、いずれも延長の必要性は認められないと判断して不許可とした。

(4) 昭和六三年五月三一日、被拘束者は、同年六月四日に舟木弁護士と再審請求について詳しい打合せが必要であるので接見時間を延長してほしい旨を願い出、更に同年六月一日、右接見の際に打合せを要する事項についての疎明をしたため、拘束者は、同接見について、四五分まで延長して実施することを許可した。

(5) 同年六月六日、拘束者は、被拘束者が同月一一日、同月一八日及び同月二五日に舟木弁護士と接見の予定であり、また、新美弁護士とも今週中に接見の予定があるが、それぞれ再審の打合せのため接見時間を延長してほしい旨願い出たため、右のうち、同月一一日及び同月一八日の舟木弁護士との接見について時間を四五分まで延長して実施することを許可したが、同月一一日舟木弁護士が来所しなかつたので、同日の接見は実施に至らなかつた。同月二〇日、被拘束者は、同月二〇日の新美弁護士との接見及び同月二五日の舟木弁護士との接見について、再審打合せを理由とする接見時間の延長を申し出たが、拘束者は、前者については三〇分の接見時間とし、後者については接見予定日が土曜日で混雑が予想されたため延長を不許可とした。

(三)  拘束者は、右(二)の各接見の際、いずれも東京拘置所職員を立ち会わせた。

3  ところで、刑事訴訟法四四〇条は、検察官以外の者は再審の請求をする場合には弁護人(以下「再審弁護人」という。)を選任することができる旨を定めているが、刑事訴訟法上、刑事被告人又は被疑者の弁護人にはいわゆる秘密交通権が保障されているのに対し(同法三九条)、死刑判決の確定者と再審弁護人との接見交通については、直接の規定は存しない。そして、監獄法においても、死刑判決の確定者と再審弁護人との接見交通について特別の規定はなく、接見の際の無立会いを保障した監獄法施行規則一二七条一項及び接見時間の無制限を保障した同施行規則一二一条ただし書の各「弁護人」はいずれも再審弁護人を含まないものというべきである。したがつて、結局、特別の規定がない場合として、同法九条により、同法中刑事被告人に適用すべき規定の準用が検討されるべきことになる。

しかしながら、刑事被告人等の未決拘禁者については無罪の推定が働き、したがつてまた有罪判決の確定までは身柄は拘束されないのが原則であるのに対し、死刑判決の確定者については、同人を有罪として死刑を言い渡した確定判決の効力により拘束されているものであり、また、死刑の執行のために必然的に不随する手続として、一般社会とは厳に隔離されるべき者として拘禁されているものであるから、監獄法は、死刑判決の確定者に対して、少なくとも再審開始の決定のある前においては、未決拘禁者に関する規定をそのまま準用することを予定しているものと解することはできないのであつて、右の死刑判決の確定者の拘禁の目的及び性質に照らし合理的な限度においては、これと再審弁護人との接見交通について、ある程度の制限を加えることが許されるものと解するのが相当である。そしてまた、同様の見地からすれば、刑事訴訟法三九条一項が死刑判決の確定者の再審弁護人に対してそのまま準用されるとの解釈をとり得ないことも明らかであつて、結局、拘置所の所長には、死刑判決の確定者と再審弁護人との具体的な接見交通について、右の拘禁の目的及び性質に照らし、一定の範囲内において、相当な措置をとる権限が与えられているものと解するのが相当である。

4  右を前提として本件についてみると、なるほど拘束者は、被拘束者と舟木弁護人又は新美弁護士との接見に拘置所職員を立ち会わせており、また、右弁護士らと被拘束者との接見時間について一定の制限をしてきたものではあるが、その制限の経緯及び程度は2に認定したとおりであつて、拘束者は被拘束者と右弁護士らとの接見自体についてはすべて許可しており、現実に被拘束者は右弁護士らとかなりの回数にわたり接見を許可されていること、拘束者は被拘束者と右弁護士らとの接見時間が三〇分を超えることを一律に認めていないわけではなく、拘束者の願出の都度個別的に接見時間の延長の当否を判断し、場合によつては四五分程度の接見を許しているものであることなどの事実が一応認められることなどにかんがみると、本件において、拘束者のした接見時間の制限及び拘置所職員の立会いにつき、人身保護規則四条にいう「法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である」ということはできない。

5  したがつて、本件請求は理由のないことが明らかであるから人身保護規則二一条一項六号によりこれを棄却することとし、手続費用の負担につき、人身保護法一七条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 三宅弘人 瀬木比呂志 杉原麗)

別紙

人身保護請求

東京都葛飾区小菅一丁目三五番一号

東京拘置所在監

請求者兼被拘束者 益永利明

右同所

拘束者 東京拘置所長

一九八八年六月二十三日

右請求者 益永利明〈印〉

東京地方裁判所御中

請求の趣旨

一 拘束者は被拘束者と再審弁護人の接見時間を三十分以内に制限してはならない。

二 拘束者は、被拘束者と再審弁護人の接見に職員を立会させてはならない。

三 請求費用は拘束者の負担とする。

との判決を求める。

請求の原因

第一当事者

被拘束者は一九八七年四月二十一日死刑の判決が確定し、それ以後現在まで東京拘置所に拘置されている死刑確定者である。

拘束者は右施設の長として、被拘束者に対する拘置を執行している者である。

第二不法な拘束の事実

一 被拘束者は死刑の言渡しを受けた刑事被告事件につき、刑事訴訟法第四四〇条により弁護人を選任して再審請求の準備を進めている。

二 拘束者は、被拘束者と再審弁護人の接見について、死刑確定後、接見時間を三十分以内と制限し、被拘束者と再審弁護人の再三にわたる時間延長の要求に対して、三回だけ十五分間の延長を認めたほかは、ことごとくこれを拒否している。

三 また拘束者は、被拘束者と再審弁護人の接見について、死刑確定後現在まで、すべて職員を立会させている。

四 拘束者の右各行為は、被拘束者の身体の自由の一部である、再審弁護人と接見する権利を違法に制限するものである。

第三違法性

一 監獄法施行規則第一二一条は「接見ノ時間ハ三十分以内トス但弁護人トノ接見ハ此限ニ在ラス」として、在監者と弁護人の接見については時間的制限を行わないことを明確に規定している。右の条文にいう「弁護人」とは刑事訴訟法上の弁護人であり、これには再審の弁護人も当然に含まれるのである。すでに確定した裁判を覆すための再審請求を適切に準備するためには、詳細かつ複雑な打合わせが必要とされることは明らかであるから、このような接見の性質及び目的から考えても、再審の弁護人にわずか三十分以内の時間しか接見を認めないのが法令の趣旨であるとはとうてい考えられないのである。

ところが拘束者は、かかる明確な法令の規定があるにもかかわらず、被拘束者と再審弁護人の接見時間を三十分以内に制限し、一分でも制限時間を超えれば被拘束者を力づくで面会室から追い出すようなことまでしているのである。かかる取扱いが違法であることは明らかである。

なお右の法令解釈に対しては、在監者と再審弁護人の接見時間を無制限にすると、懲役受刑者の場合、同人が定役に服するべき時間が制限され、刑の執行に支障を来たす可能性があるとの反論が予想される。しかし受刑者については、監獄法第四五条二項により、再審弁護人の接見の回数や日時等の制限を付すことが可能であり、これにより右の「支障」は十分に避けることができるわけだから、反論には理由がない。身柄の確保以外に拘禁目的がない死刑確定者の場合には、右のような「支障」は初めからありえないことはいうまでもない。

二 在監者の接見の立会については、規則第一二七条は「接見ニハ監獄官吏之ニ立会フ可シ但刑事被告人ト弁護人トノ接見ハ此限ニ在ラス」として、刑事被告人と弁護人の接見には職員の立会を付さないことを明確に規定している。右条文但書は刑事被告人に関する監獄法令上の特則であるが、監獄法第一章総則第九条は、「本法中別段ノ規定アルモノヲ除ク外刑事被告人ニ適用ス可キ規定ハ……死刑ノ言渡ヲ受ケタル者ニ之ヲ準用シ」と定めており、この準用原則は当然に施行規則の解釈適用にも及ぶのであるから(この点につき小野清一郎他『改訂監獄法』有斐閣ポケツト註釈全書(8)八一ページ参照)、規則第一二七条但書は当然に死刑確定者と再審弁護人の接見に準用されるのである。死刑確定者は、再審請求事件について、刑事被告事件のような弁護人依頼権を憲法上保障されているわけではないが、刑事被告人のような罪証湮滅のおそれは存在しない上、受刊者のような矯正処遇の対象者でもないのであるから、死刑確定者と弁護人との接見に立会を付すべき特段の必要性は認められず、かえつて、死刑という回復不可能な刑罰の執行を目前にしている死刑確定者には、その再審請求権を十分に保障する上からも、弁護人の接見を無立会とすべき合理的理由が存在するのである。

したがつて、監獄法令上、死刑確定者と弁護人の接見に立会を付してはならないことは明らかである。

三 拘束者は、死刑確定者と弁護人の接見に立会を付している現状を前提とした上で、立会職員の配置という事務管理上の都合を、接見時間を制限する正当化事由として主張するかもしれない。しかしながら、前述のように、そもそも死刑確定者と弁護人の接見に立会を付すこと自体が違法なのであるから、この主張は理由がない。さらにいえば、規則第一二一条但書は一九〇八年の監獄法、同施行規則制定時にすでに設けられていた規定であるが、当時の刑事被告人は秘密交通権を保障されておらず、刑事被告人と弁護人の接見にもすべて職員の立会が付されていたのである。(規則第一二七条但書は、新憲法制定に伴う戦後の法令改正(昭和二三年司法省令第二号)により初めて設けられたものである。)すなわち規則第一二一条但書は、当時の(旧)刑事訴訟法の下で、在監者と弁護人の接見にすべて立会が付されることも考慮した上で設けられたものなのである。したがつて、死刑確定者と弁護人の接見は職員を立会させなければならないから規則第一二一条但書は適用できないとの主張は理由がない。

四 なお拘束者は、別訴(御庁昭和六三年(人)第四号)でも明らかにされているように、被拘束者と親族・友人らとの交通も違法に制限している。そのため被拘束者は、再審請求の準備について、弁護人以外に頼るものがない状態にある。この点においても、被拘束者と弁護人の接見が十分に保障されなければならない合理的理由が存在するのである。

第三本件請求の適法性

一 人身保護法にいう「身体の自由の拘束」は、必ずしも身体の全面的拘束のみを意味するものではなく、その自由を制限する行為をも含むのであり(人身保護規則第三条)、たとえ適法に拘禁中の者であつても、拘禁の目的等に照らし、必要以上の身体の自由を制限する行為は、なおその部分に限り人身保護請求の対象となるものであることは、御庁の判例とするところである(昭和五六年(人)第五号、昭和五六年六月二十五日付決定)。

本件各拘束は、被拘束者が弁護人と接見する権利を違法に制限するものであるから、人身保護法にいう「身体の自由の拘束」に当り、この部分に限り人身保護請求の対象となるものであることは、御庁の判例により明らかである。

二 本件各拘束は監獄法令の規定に一義的に反するばかりでなく、実質的にも正当性がなく不合理なものであることは明らかであるから、その違法性は著しく大であり、かつ顕著である。

本件各拘束は、その性質上、事後的に取消しを求めることは無意味であり、事前の差し止めや義務付を求める行政訴訟も現行法上は極めて困難である。また仮に理論上は行政訴訟による救済が可能であるとしても、今日の裁判実務の現状では、解決までに長期間を要し、被拘束者の死刑が執行される前に確定判決を得られる見込みはほとんどない。したがつて本件請求は人身保護規則第四条の要件を十分に満たしており、適法である。

第五代理人によらず本人請求とした理由

被拘束者は貧困であり、再審請求の弁護人にも弁護士費用を支払うことができない状態にある。したがつて、本件請求は再審請求事件に関連を有するものではあるが、右の通り被拘束者は弁護人やその他の弁護士に本件請求の代理を依頼できる経済状態にないため、やむをえず自ら提訴に及んだものである。

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